2013年1月5日土曜日

[書評] 「世界の経営学者がいま何を考えているのか」を知った人でも「日本の経営学者がいま考えていること」を知ってる人は案外少ないよね、って話。

入山章栄(2012)「世界の経営学者はいま何を考えているのか」英知出版を読みました。
経営学を学んだ身として頷く所が多く、知の最先端を翻訳してくれる良書でした。


読み終えたときは「ここまでまとめてくれてありがとう!」と感動すら覚えました。
日頃から広く論文を読み、経営学の世界の全体像を把握していなければ書けない代物です。
経営学士の端くれとして、この良書にぜひ感想として述べようと思い、筆を取っています。

また、私は本書を読む中でちょっとした危惧がありました。
本書はきちんと日米の研究手法の一長一短とその課題を述べているのですが、
本書にきちんと触れていない人は「帰納的は科学的でない」という誤解のもと、
「だから日本の経営学はダメ!ガラパゴス経営学!」と非難しそうだ、という危惧です。
そこで本書の感想とともに「日本の経営学」の考察と紹介を合わせて書いてみました。

目次


1.「世界の経営学者がいま何を考えているのか」の評価
2.「世界の経営学者がいま何を考えているのか」の感想
3. 世界標準になれない「日本の経営学」は駄目なのか
おまけ「日本の経営学者はいま何を考えているのか」

1.「世界の経営学者がいま何を考えているのか」の評価


本書を読めば、日本のビジネスパーソンがイメージする経営学と本場(特に米国)の経営学の違いを知ることができます。「アメリカの経営学者はドラッカーを読まない」「世界の経営学は科学を目指している」「ハーバード・ビジネス・レビューは学術誌ではない」―などなど、冒頭だけでも「日本人の思い込み」を正す言葉が散見されます。その筆致は痛快です。

「これは確信を持って言いますが、アメリカの経営学の最前線にいるほぼ全ての経営学者は、ドラッカーの本をほとんど読んでいません。」
現在、米国の経営学は「社会科学になる」ことを重視しており、そのために「企業経営の真理の探究」を目指しています。そのために必要なのは、しっかりした経営理論の構築と、その理論から導かれる仮説を、統計分析や実験などのなるべく科学的な方法で検証することだと考えられているのです。ドラッカーは名言かもしれないけれど、科学的な裏打ちがないので、米国の経営学者は参考にしないのです。

ただ著者は、ドラッカーやハーバード・ビジネス・レビューを否定するわけではありません。ただしそれをあたかも世界共通の経営学だと誤解してしまうことに「危機感」を覚え、世界の経営学のトピックを日本人に伝えようとしています。とりあげられる原著論文は、被引用数ランキング上位の一級の代物である米国を中心として標準化が進む経営学の体型をなしている名著が中心です。経営学の水先案内人として、素晴らしい一冊でした。

2.「世界の経営学者がいま何を考えているのか」の感想


内容の要約や各論の紹介については、多くの感想が転がっていると思うので、
経営学をかじっている身として思う所を、感想として述べておきます。
(自分の研究分野は4,10、11,15辺です)

とりわけ、経営学士の端くれとして自分が感銘を受けた点は、
第3章「なぜ経営学には教科書がないのか」でした。

「博士課程の学生はどうやって経営学の理論を学んでいるかとおいうと、まずはとにもかくにも数多くの論文を読む、ということになります、経営学のたいていの博士課程の授業では、代表的な古典論文から最新の論文までを幅広く大量に読まされ、そこで経営学の体系的な知識を習得していくのが普通(p.43)」

アメリカにおいても、自分と同じような状態ということがわかり、
体系的な知識がないのは一緒だったんだと気を楽にすることができました。

私の大学では経営学の体系だったテキストはなく、あったのは有名な理論を右から左へと並べた教科書だけでした。本書で触れられているとおりに、経営学は理論が学際的に乱立しているため、相互の関係もないものが雑然と並ぶばかりです。

本書によれば、経営学は「(1)経済学ディシプリン(2)認知心理学ディシプリン(3)社会学ディシプリンの3つの理論ディシプリン」といった異なるディシプリンが絡み合う学際的なもやもやしたものであるため、全てを俯瞰した教科書を作れないのでしょう。

経営学の体系的な知識を習得するために行なっていた
国内研究の「自分の幅広く読む」を振り返ってみたいと思います。

もやもやとしたものを抱えながら、学士2、3年はひたすら論文を読み続ける毎日でした。勉強と研究のために、片っ端から国内外の論文にあたっていました。
下記は、自分がよく参考にしていた国内の経営学の論文集をまとめてみました。

・ 機関誌 季刊マーケティングジャーナル (日本マーケティング協会)
・ 学会誌 流通研究(日本商業学会)
・ 一橋ビジネスレビュー(一橋大学 論文集)
・ 国民経済雑誌 (神戸大学 論文集)
・ (ハーバード・ビジネス・レビュー [雑誌])

この辺の本は日本の経営学研究がどうなっているのかを知ることのできる面白い論文集です。また他にも読んでいた経営学に関する論文集はあります。ただ自分の研究にとって、他の名だたる大学の論文集(not 論文)はほとんど参考にならず、「どうしてこんなに自分には参考にならないのだろう」という疑問がずっとありました。そのため、国内研究は「学者」で総当りをかけていくということを繰り返しなんとか体系化していっていました。

本書を読み終え、各大学の研究手法や各研究者のディシプリンの違いに起因していたとわかり、もやもやが晴れました。経済学、商学、社会学、心理学、が絡みあった経営学研究端、そのディシプリンへのスタンスが各大学によって違い、ときには混合しており、非常に調べにくかったんだな、と感慨深かったです。

3.世界標準になれない「日本の経営学」は駄目なのか


果たして、世界標準になれない日本の経営学はダメなのでしょうか。
私は、日本の経営学は世界に対して決して劣っているとは考えていません。
単純に世界標準(特に米系)とは研究アプローチが異なっているだけだと考えています。

本書でも述べられているように、ざっくりわけると、
日本の経営学と世界の経営学の研究アプローチは、下記のような傾向が強いです。

■ 海外:「理論→統計分析」という演繹的なアプローチで研究を進めがち
■ 日本:「定性研究→考察」という帰納的なアプローチで研究を進めがち

実際に研究をする中で自分は、演繹的すぎると事実を無視した議論になったような気になり、帰納的すぎるとただ事例をあげつらった普遍的意味がないように感じていました。
本書で「両者が互いの長所短所を補い合うことが重要(p.38)」と述べられているように、
日本の研究手法にも、海外の研究手法にも、一長一短があるわけです。

本書で述べられた演繹的なアプローチの「特殊な企業を分析することができない可能性が残る」という課題の他に、「統計分析を行うための調査対象の選定」にも疑問が残ります。
基本的に定量分析のための調査票を送付しても返信率は高くても3割程度です。この一部の回答から、全体を論じて、科学的だから絶対に正しいと言い切れないでしょう。

日本の経営学の手法に対する批判「いくら成功した一つの企業のいいところを取り上げたとしても、それはその企業、そのタイミングでしか通用しない特別な事例にすぎず、マネをしても同じことが起こる可能性は限りなく低いから意味がない」は最もだと思います。

ただそれは帰納法の悪い一面だけを見た批判であり、
良い一面を捉えてきれていないのではないかと感じます。

世界的に有名な下記の2つの「日本の経営学」も帰納的アプローチで研究されたものです。
■ 伊丹敬之氏の戦略論:『資源の束である企業』『見えざる資産の重要性』。
■ 野中郁次郎氏の『知識創造理論』というナレッジマネジメント。

前者は、過去のビジネス雑誌を読み込み、企業の行動をデータ化し、
日本企業に共通する特徴を抽出して経営戦略の枠組みを構築しました。
後者は、日本企業の事例を深く調べ共通する理論を導き出していきました。

東京大学教授の藤本隆宏氏は著書「私のフィールド・リサーチ遍歴」の中で、
「理論から始めるか実証から始めるかは、富士山に登るのに、
山梨側から登るか静岡側から登るかでもめているようなもの」と述べています。
どちらのアプローチも、真理へと近づくことはできるのです。

この本を読んで、「日本の経営学は駄目じゃないか」と思った人に伝えたいこと。
それは「日本の経営学者がいま何を考えているのか」も学んでくださいということです。
(※本書にもある通り、日本の経営学にも全てを体系だてたテキストは存在しません)

世界の経営学を知らないのと同じくらい日本の経営学も知られていないと思うのです。
多くの日本の経営学者も、ドラッガーやコリンズを「学問としての経営学の本」とは認識していませんし、研究においてもドラッガーの影響を受けていないはずです。

この本は「世界の経営学者がいま何を考えているのか」を教えてくれました。
つぎは「日本の経営学者がいま何を考えているのか」を考えてみると、
知を深めていくことができて面白いかもしれません。


おまけ「日本の経営学者はいま何を考えているのか」


■合わせて読みたいおすすめリンク
藤本隆宏「今こそ日本の経営学を世界発信せよ」2006年9月

■合わせて読みたい代表的な「日本の経営学」の研究書
◯ 伊丹敏之(1984)「新・経営戦略の論理」 日本経済新聞出版社
「経営資源ベースの戦略論」という戦略論の新境地を切り拓いた古典として世界的に有名。
企業を「情報の束」であると考え、競争優位を「見えざる資産」においた点が特徴的。
膨大な日本企業のケーススタディから成功要因を導き出す、帰納的アプローチを取る。

◯ 野中郁次郎(1996)「知識創造企業」東洋経済新報社
「知識経営(ナレッジマネジメント)」を生み出した世界的に有名な名著。
組織における知識創造に注目し、「知識移転プロセス」を論じた点が特徴的。
日本の一流企業による知識移転プロセスを帰納的に分析し、SECIモデルとして概念化。

◯ 藤本隆宏(2004)「能力構築競争」中公新書
日本企業のものづくりの競争優位を「能力構築競争」の結果と述べる質実剛健な著作。
ものづくりは「設計情報の転写」という研究視座から、能力構築のプロセスを説明する。
30年もの帰納的な研究成果は、理論研究に偏重する米系経営論者の切り口と一線を画す。

 






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